五回目
9月9日。今日は何の日かを検索してみると、救急の日とか出てくる中、1999年9月9日、モーニング娘「LOVEマシーン」発売日と出てきた。
えっ20年経つの?
モーニング娘は現在もメンバーチェンジを繰り返しながら活動中。ラブマシーン発売以後に生まれたメンバーも居るという。
90年代に10代であった筆者は、テレ東のASAYANをよく見ていた。一般人がオーディション等を経てスターになっていく様を追いかけるこの番組は、非常に面白いものであった。モーニング娘や鈴木亜美、ケミストリーといったミリオンセラーアーティストを次々と生み出したのだから大した番組だったと思う。
で、モーニング娘は「LOVEマシーン」を出す前に、「ふるさと」という曲を出している。この「ふるさと」と、鈴木亜美の「BE TOGETHER」の発売日を同日にして、ランキングを競うという企画を番組でやっていた。
結果、「ふるさと」は5位で、「BE TOGETHER」が1位だった。この様子も番組でやっていたが、結果発表時のモーニング娘のメンバーの顔、素なのか作ってんのかわかんないけど、超どんよりしてた。もうこの世の終わり、みたいな。顔。マジで。
これをリアルタイムで見てた視聴者は皆こう思ったんじゃないか。「モーニング娘は、これ以上伸びないのではないか?」
そして、新メンバーのオーディションが始まり、1999年9月9日に9人で、新曲を出すという告知が出る。当時のメンバーは7人。2人加入するというわけだ。オーディションの様子も当然ASAYANで放映されていた。
そのオーデイションの中に居たのが後藤真希である。そしてこれをリアルタイムで見てた視聴者は皆こう思ったはずだ。「後藤真希は通る。あと1人は誰だろう。」結果合格したのは後藤真希1人であった。あれ2人加入すんじゃないの?
プロデューサーのつんくは後藤真希についてこう言っている。「飛びぬけ過ぎ。10年に1人の逸材。」さらに「もう1人選んでも引き立て役にしかならない。」と、厳しいお言葉も。確かに素人目から見ても、後藤真希は放つオーラが違っていた。
そして8人になったモーニング娘は、1999年9月9日「LOVEマシーン」をリリース。この曲は説明するまでもなく大ヒット、そしてその後のモーニング娘はまるで水を得た魚のようにヒットを飛ばし続け、快進撃を続けていくのである。
そこで私はふと思う。
あそこで、後藤真希が現れなかったら、モーニング娘はどうなってたんだろ。
後藤真希は、加入直後こう語っている「テレビを見てて、あ、募集だ、送ろう、と思って送ったら、通っちゃった。」中学生らしい発想と行動力である。
気まぐれで(?)オーディションに応募する後藤真希、それを逃さないつんくの引きの強さ。個性に溢れた既存メンバー。偶然と必然が合致して、名実ともにトップアイドルグループが出来上がったわけだ。
そんなわけで、20年前を回顧してみた。記憶に拠っている記述もあるので、個人の意見として処理してくださいね。
2019/9/9 初稿